2015-11
2015-11-30サンサンと笑顔香る、まちの愛されコーヒーショップ

寺島美樹子
釧路市出身 釧路市在住
道東のイベントなどにも精力的に出店し、その明るさと人懐っこさを売りにサンサンの自家焙煎コーヒーを広めている。
好奇心旺盛でフットワークの軽い二女の母。
ドラッグストア・ガソリンスタンド・本屋・スーパーなどの大型ショップが立ち並ぶ車通りの多い通りから1本入った、
住宅街の中に「コーヒー豆の店サンサン」(以下、サンサン)があった。
様々な世代の人が行き交うこの地区で、創業43年になる老舗のコーヒー店が今も変わらず親しまれ続けている。
その人好みの味を提供したい

サンサンの特徴は、お客様からの声を反映する店づくりだ。
時代の流れや世界情勢に多分に影響を受ける「コーヒー豆」を扱う商売柄か、ニーズがあれば変化に労力を惜しまない。
ー サンサンさんはどのようなコーヒーショップなのでしょうか?
自家焙煎豆の販売がメインで、器具の販売や、喫茶もやっています。
豆販売は常連さんに限らず老若男女、喫茶の方はのんびりしたい方が多くいらしてます。
ー 豆の種類はいつも変えているんですか?
基本的には変えてないよ。だけど…実は世界情勢と密着しててね〜。
例えばジャマイカ島で生産されている「ブルーマウンテンNO1」や「ハイマウンテン」「ジャマイカ」などは
カリブ海で発生したハリケーンの通過でコーヒーの木が倒れるなど大きな被害を受けて、更に病虫害の被害が広がって生産量が激減したの。
コーヒー生豆の価格が高騰したまま値が下がる気配がないから、うちのような小売店では扱えない豆になってしまったんだよね。
「モカマタリ」も原産国イエメンの内戦悪化で政治情勢が不安定になり入手できなくなるかもしれないんだよ。
ー そんなにも世界の気候変動や、内戦、国家政策に直接影響があるんですね
コーヒー豆は赤道を中心としたコーヒーベルト地帯で生産されているんだけど、世界的な気象異変が起きて生産が落ち込んでいるし、
政治情勢が不安定な国が多いのよね。
特にアフリカでは内戦が激化していてコーヒーの仕入れにダイレクトに関わっているの。
ー ブレンドのものはお困りではなかったですか?
そうなの!それこそお店を代表する「サンサンブレンド」に欠かせなかった「ジャマイカ」が入荷しなくて、試行錯誤して去年配合変えたんだよ〜。
本当大変だったんだから!笑
ー 作っちゃったらこれで安心してるわけじゃないんですね
そうだよ〜。そういう意味ではコーヒー屋さん、面白いよ。世界は身近だよ!
ー 今回我々クスろも作っていただきましたが※、お客様へのオリジナルブレンド制作を始めたきっかけは?
えっとね、もともとうちの親の代からお客様の要望によって焼き方や配合を変えていたんだよね。
焙煎のやり方を浅焼きにしてとか、これとこれをこの配合で挽いてとか。
だから、ご依頼いただければこれまでもお客様の好みのブレンドは作ってきたんだよ。
窯の関係で500gからになるんだけど、焙煎の加減は(浅くとか深くとか)はご要望があれば承っています。
※2015年秋に、クスろはサンサンさんでクスろオリジナルブレンド『ハツコヒノアジ』を作っていただきました。
ー 先代から続く、細かな対応なんですね
他にも、お客様からの要望でワンドリップパックを作ったんだよ。
たまたまよく行く知り合いの珈琲店でオリジナルのワンドリップパックを見つけて。
「これってどうなの?」って聞いたらそのお店の子が「結構良いですよ〜、パクっちゃってくださいよ!」って
仕入れているパッケージやら作り方を教えてくれたのね笑。
最初半信半疑だったんだけど、作ってみたらおかげさまで人気の商品になりました。

父が始めた「パーラーサンサン」
1972年12月、寺島さんのお父様が脱サラ後、釧路駅前の複合商業施設内テナントとして、サンサンの前身となる「パーラーサンサン」をオープンした。
寺島さんは会社員時代を経て、ご主人とともに「自分とそっくりな父」という破天荒なお父様からコーヒー店を任されることになった。

ー 幼少期からずっと釧路にお住まいだったんですか?
5歳から小学校4年生の夏まで父の転職のため東京で過ごしたの。
私の祖父が絵描きで東京に居たので、その家を二世帯にして住んでたんだ。
父は中央大学の法学部を卒業して釧路に戻り地元の金融機関に入社したんだけど、脱サラして東京に来てからは「電気按摩」みたいの売ってたり笑。
割と高学歴だったのに…組織に属せない人間だったのかな笑
ー 面白いお父様ですね。コーヒー店の経営はどういった経緯で始まったのでしょうか?
まず、曽祖父の持っていた釧路の土地に、複合商業施設を建設するという話が持ち上がって、そこに何かテナントを出さないかって話が出てきたの。
それを聞いて「素人でも出来る商売って喫茶店か?」と考えたらしく笑、家族みんなで東京から釧路に戻ることに。
それで、今の店の前身として、「パーラーサンサン」を開業したの。
最初は卸業者から焙煎済みの豆を仕入れて販売していたんだけど、リニューアル時に焙煎機を買って自家焙煎コーヒー豆の販売を始めたんだよね。
ー そうなんですね。最初はテナントだったんですね
そうそう。でもその複合商業施設が閉店したんで、2000年に路面店の「コーヒー豆の店サンサン」を建設することになったんだよね。
ー それで現在のお店に至るわけですね。ご両親の代から変わらないものはありますか?
「焼立て・挽きたて・入れたて」という焙煎豆の鮮度を守ること。
それから、毎月5日間だけするコーヒー豆の「2割引セール」かなあ。
「そういうものは途中でやめるな。定着したものを安易に変えると信用を落とす」
という父の教えがあって私達の代になっても納得して受け継いでいるね。
ー 焙煎はどのようにされているんですか?
店とは別で、自宅に焙煎機があるので主人がそこでしています。汗だくで笑
焙煎は均一にするのが大変。
季節や室温によって、耳で聞いた弾け音で何分とか、何秒たったらどうとか、もう一回ピチピチって言ったらどうするとかね。
私も最初の頃、父から焙煎の仕方は教えてもらったんだけど、今は役割分担して主人が全ての豆を焼いています。

遊び尽くしたからある、今
寺島さんは高校卒業後、短大へ進学。
11年勤務した大手保険会社の事務員時代やご主人の転勤で釧路を離れ都会で過ごした時期も、
思い切り遊んだ経験が、何事もみんなでわいわいと楽しむ価値観を生んでいるそうだ。

ー 高校卒業後の進路はどういったものだったんですか?
札幌の短大(栄養科)へ進学したの。
その後大学に紹介してもらった個人病院で栄養士として勤務したんだけど、たった半年で挫折笑。
その後、中途採用の募集をしてた保険会社を受けてみることになったんだけど、世間知らずだったから面接にはバイトの合間に汚いジーパンで行ったんだ笑
今思うと赤面モノだけど、まさかの採用で。
会社も景気が良くて遊びまくってたし、みんな良い人ばっかりだったから結婚しなかったらやめなかったなあ。
ー そこで、結婚となるわけですね。ご主人はどちらのご出身だったんですか?
旦那も同じ釧路なんだけど、大学も就職も東京だったの。
今はもう無いんだけど、外資系大型CDストアでCDとかビデオとかのバイヤーやってたの。
ー かっこいいですね!お二人とも釧路お出身ということは元々お知り合いだったんでしょうか?
出会いは、もうね、笑っちゃうよ笑
元々、旦那とうちの父親同士が同じ職場で、お互いの子ども達が30歳近くになった時に会わせてみようかってことになったみたいで…
「お見合い」って言いたくないんだけどね〜笑
でも音楽とか映画の話とか、当時から神社巡りが好きで趣味が合って、まあ良かったかな。
ー ラブラブじゃないですか!
ラブラブじゃないよ!笑
どちらかというと旦那はインドア派で、私はどちらかというと外でわーっと遊びたいタイプだからね。
でも共通してる趣味も結構あるかもね。
ー その後コーヒーショップ経営にはどうやってたどり着くんでしょうか?
旦那の仕事の都合で京都・東京・札幌と数年都会で暮らしたあと、その会社が日本から撤退。
当時は拓銀が破たん※して、なかなか仕事が無くてね、そんなタイミングでちょうどうちの親が歳だから店やめようかなーって言い出して。
※拓殖銀行破たん:1899年(明治32年)国策銀行として設立。北海道財界に絶大な影響力を持つが、バブル後に数兆円に渡る多額の不良債権を抱え1998年破たん。
ー ご両親の体調不良で釧路に戻ったのですね
そうね。1998年4月に釧路に戻ってきたの。コーヒーのことは両親やパートさんに教えてもらって。
豆の種類も今日はこれ、今日はこれ、って感じで毎日飲んでは味を覚えていったなあ。
父が焼いた豆をチェックして、焙煎の勉強したりした。
でもそんな日々を数年続けてたら40歳の頃に、具合悪くなっちゃって。
ー 元気な寺島さんが、体調を崩していた時期がおありだったとは驚きです
コーヒー屋をやり始めた時は子供が1歳と小さかったので、店と保育園と家の往復。
その長年の疲れが溜まってたんだろうね。
子どもがインフルエンザになったら私は肺炎になったり、子どもが腸炎になったら私はもっとひどいのになって病院に点滴通ったり。
参観日で密封された空気に耐えられなくなって保護者のくせに保健室にお世話になってたりとか笑
もう何をやっても病気でね。

外に飛び出すコーヒー屋さん
忙しく過ぎていく毎日の中、閉鎖的な暮らしを余儀無くされ体調が優れなかったという寺島さん。
様々なことが落ち着いてきた頃から少しずつ喫茶スペースでのイベント、展示やライブ開催に加え、
寺島さんご自身も道東のイベントに参加するようになった。
その積極的な行動や、テンポのいい軽快な語り口とは裏腹に、ご自身のことは「人見知り」や「自信が無い」という。

ー イベント出店をされるようになったきっかけは?
ちょうど店の回し方もわかってきて、体調も子育ても落ち着いて、というタイミングのこと。
あるカフェのパン部門を担当していた女性との出会いがきっかけで、
そのカフェでオリジナルブレンドコーヒーを提供したいと相談を受けていたことがあって。
彼女は経営ができなくなったオーナーからその店を引き継いだ後、いつも私にイベント参加のお誘いをしてくれてね。
そこから多くの手作り作家さんたちにも知り合う機会をもらったんだ。
ー 寺島さんの好奇心旺盛な本質を引き出すような、素敵な出会いだったんですね
そうね。会社員と違うのは、日々新しい出会いがあるし色んな情報をキャッチ出来てること。
カフェめぐりも好きだからさ、そこで出会った人と友達になることはよくあるの。
でも私こう見えて、人見知りだから笑
ー 人見知りとは違う気がしますが…笑
人見知りだよー!全然、自分に自身無いし!
でも楽しいところには色んなアンテナ張ってるから、楽しそうなとこにはひゅって入り込むかな。
それから面白いことにはまずは誘ってみて相手が乗ってきたら「じゃあ一緒にやろうよ」ってひたすら盛り上げる笑
だけど、相手が嫌そうなら無理強いしない。
ー そんな寺島さんご自身に大きな魅力を感じますが
いやいや。すごいのは私の周り。自分自身は特技も無いし自信も無い。
だけどね、釧路で眠ってる人や活躍してる人達を後押ししたいっていう気持ちはすごくあるの。
だから素敵な知り合い同士を会わせてマッチングさせたりすることは大好きなんだ。

焙煎・店内の音楽はご主人。人とのつながりを寺島さん。
サンサンに無くてはならない要素を二人はうまく役割分担している。
年間何本もこなす、イベント出店もいたって楽しげ。
自信がないからこそ、偉ぶらない彼女の元にはあらゆる情報が集まり、人脈が広がる。
コーヒーショップを拠点にしつつも、その枠に収まらない寺島さんの自由な動き方によって、サンサンはどんどん街に溶けこんでいっているようだ。
こんな人知らない?こういうことしたいんだけどどうしたらいい?と、まずは寺島さんに相談してみたらいい。
彼女のネットワークから思いがけない引き出しを見せてくれるだろう。
そんな時、また新たなアイデアが生まれ、私たちは寺島さんから楽しい「お誘い」を受けているかもしれない。
寺島さんと出会うには?
「コーヒー豆の店サンサン」
釧路市芦野3−1-13
0154-37-1533
営業時間:AM10:00~PM7:00
定休日:毎週金曜日・第2土曜日
HP:http://homepage3.nifty.com/sansan-coffee/
クスろオリジナルブレンド『ハツコヒノアジ』が完成!
先日開催の「グローバル収穫祭」で初お披露目した、クスろオリジナルブレンド『ハツコヒノアジ』はサンサンさんとのコラボ商品です。
ブレンドを決めるとき、コーヒーを何杯も試飲させていただくという幸せなひと時ではあったのですが、
飲み比べると微妙な違いにうんうん唸るクスろメンバー。
ブレンドの配合が決まれば、即ネーミング会議。寺島さんも参加してくださり笑、無事に決定した「ハツコヒノアジ」は
今後クスろが主催・参加するイベントなどでも登場させたいと思っていますので、ぜひお試し下さいね!
寺島さんのコーヒーをいただきました!酸味や深みなど、好みの味を聞いて詳しく説明してくださいます。
話題豊富な寺島さんとのおしゃべりで、釧路の新しい情報にも触れることができちゃいます。とにかく明るいので、悩み事も「まあ、いっか」とあっさり片付いてしまうほど。
寺島さんとの痛快な語りを楽しむも良し、ご主人やスタッフさん達の優しい笑顔に癒されるも良し。あなた好みのサンサンさんでの過ごし方を見つけてくださいね〜。
2015-11-25【終了】12/20 クスろワークショップ開催!
本イベントは無事終了しました!詳細は活動レポートをご覧ください。
昨年、ご好評をいただきましたクスろワークショップ。今年も開催いたします!
「クスろワークショップ」は、釧路を訪れた人も、その人をお出迎えする私たちも、
ともにクスクス笑顔で過ごせるまちになるためのワークショップです。
今回のワークショップは「ゴー!ゴー!ニセンニジュウゴー!」と題し、
「2025年 こうなって欲しい釧路」を参加者のみなさんで話合う場にしたいと思います。
2020年の東京オリンピックに向けて、経済・技術の発展や外国人観光客の増加など、
日本の盛り上がりは予想できる一方、その5年後である2025年ってどうなっているのでしょうか?
と言っても、こんなゆるい絵を出している時点で、小難しい話をするわけではありません!
みなさんが今行っている、またはこれから始めたいアクションが未来にどうつながるのかを話し合ったり、
共有する機会になればと思っています!
ゲストスピーカーには、障害者支援を中心に自身のセンスを生かしアートイベントや
雑貨屋・カフェのプロデュースも行う宿谷友美さんをお迎えします。
ファシリテーターは昨年14年間の東京暮らしを終え名寄にUターンし、
現在名寄と東京を往復しながら活動中の黒井理恵さんです。
未来を考え活動している方も、未来に興味のある方も、これをキッカケに考えてみたい方も、
どうぞみなさまお気軽にご参加下さい!
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・会場 :フィッシャーマンズワーフMOO 2階(中央)観光交流コーナー
北海道釧路市錦町2-4
・日時 :12月20日(日)13:30 – 16:30
※ワークショップ終了後に簡単な懇親会を予定
・参加費 :500円
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◆申し込み・お問い合わせ方法
いずれかの方法で、お名前とご連絡先をご明記の上ご連絡ください。
・メール
クスろ事務局:info@kusuro.com
・facebookイベントページ
https://www.facebook.com/events/1668633280079812/
※facebookでお申し込みの方には事務局から別途参加確認のご連絡をさせていただきます。
◆昨年の様子はこちらからご覧になれます
第1回 新しいおもてなしスタイルを考える (2014/09/21)
第2回 こんなくしろだったらイヤだ (2014/12/13)
第3回 クロシロクシロ (2015/2/22)
2015-11-21グローバル収穫祭 レポート

こんにちは!11/14にグローバル収穫祭を開催しました。その様子をご報告いたします! 
収穫の季節、魚や野菜など釧路地域にも様々な旬の食材が美味しい時期。
その食材を使って、釧路に住んでいる海外のみなさんに各国のお国料理をふるまってもらうのがグローバル収穫祭です!

今回は、韓国・中国・台湾・ロシア・マレーシア・トルコ出身のみなさんが参加してくださいました!
当日の様子をムービーでまとめましたので、ご覧ください!
続いて、写真で細かく振り返ってみます!

会場は釧路駅の駅裏にほど近い鉄北中央会館です。

開場ほどなく、多くの方に来ていただけました。会場いっぱいにエスニックな美味しい香りが…
では、どんな方がどんな料理を出してくれたか見てみましょう!

まずはトルコ出身の秋本ジャナンさん。釧路に来て1年半とのことです。

1品目はトルコの中央アナトリア地方で有名なチェブレキ。羊のひき肉を小麦粉で包んだものです。

2品目はトルコの伝統的なデザートであるハルヴァ。ナッツが香ばしくホロホロです。
紙皿もかわいいですね!なんとハルヴァはこの日の1番人気!あっという間に完売!

続いては中国出身の李 艶偉(リエンイ)さん。餃子を包む過程を実演してくださいました!
餃子講師の李さんはひとめぐりでもご紹介していますので、ぜひご覧くださいね。

水餃子はタレをつけなくても味わい深く、ついつい何度も食べたくなってしまいます。

ロシアからはパーシャさんとスヴェータさん。お二人は釧路公立大に留学中です。

1品目はガルブツィーと呼ばれるロシア版ロールキャベツ。

2品目はオフィゲンスキーと呼ばれるライスなどが入ったハンバーグです。

台湾からは蔡承康(サイショウコウ)さんと林均庭(リンキンテイ)さん。お二人も公立大の留学生です。

三杯鶏(サンペイジー)と呼ばれる鶏肉のバジル煮と冬粉(トンファン)と呼ばれる春雨の野菜炒めのプレートを出してくれました!

マレーシアからはシティ アイシャさんとシティ シュハダさん。お二人は釧路高専に留学中です。

アッサムペダスと呼ばれる魚介の旨味と酸味が効いた激辛カレースープをご飯にかけていただきます。

韓国からは南さんと全大虎(ジョン)さん。
南さんは韓国語講師や韓国料理店を経営しており、ジョンさんは公立大に留学中です。

韓国の屋台で馴染みのあるトッポッキを出してくださいました。
それも今回は釧路のイカを使ったイカトッポッキだったんです!
どの料理にも魚介や野菜などの釧路の食材が使われているのですが、今まで食べたことのない味ばかり!
どれも美味しく、味覚の幅が広がった気がしました!

さぁ会場には、クスろ代表の夏堀が授業に伺った光陽小学校4年生のみなさんも。
光陽小学校では総合学習で「地域活性」をテーマとし、グループに分かれて自分たちにできることを探すという取り組みを行っています。
その中の1グループに「釧路らしさ」と「自分の好きなこと」を掛け算して、 どんなお店を出すか考えてもらい、グローバル収穫祭に参加してもらいました!
まず1つ目は釧路のクッキーを作ったチーム。

クッキーには手作りのサンキューカード付き。
小学生のみなさんの元気の良さに我々スタッフも引っ張られて活気あふれる場になった気がします!

こちらは夕日まとあてチーム。
まとあても自分たちで作り、ルールもその場で試行錯誤しながら取り組んでいただきました!
※光陽小学校の授業の様子についてはこちらのレポートに詳しく書いてありますので、ぜひご覧ください。

また、会場では野菜直売もやってました。こちらは赤大根。

さて、我々クスろも出店しておりました!
まずこちらはひとめぐりでもご紹介し、昨年のクリスマスに開催した「百聞は一見にシカずナイト」でご提供した、
エゾシカハンター菊地さんのエゾシカソーセージ!
菊地さんもいらっしゃり、ご本人自らふるまっていただきました!

7月のブイブイマーケットで好評だったフルーツシロップもフルーツを秋バージョンにして登場です。

今回のグローバル収穫祭に合わせて作ったオリジナル手ぬぐいも。
こちらはスタッフ自ら手刷りで完成させた品です!

こちらは今回初登場の、クスろオリジナルブレンド「ハツコヒノアジ」 焙煎はコーヒー豆の店サンサンさんです。
(サンサンさんはひとめぐりでご紹介させていただいています!)

ではでは、会場の様子もぐるっとご紹介します!こちらはメイン会場。

壁には参加者のみなさんとご出身国の写真をディスプレイ。
フォトフレームはダンボールで作りました!

メイン会場にはイートインスペースも。
ここで買った料理食べていただいて、また次の料理を買いに行くお客様もいらっしゃいました!

2階はワークショップ会場でした。

まずは国旗ワークショップ。
いらなくなった紙袋に好きな国の国旗を書いてもらい、会場いっぱいに貼り出しました。

続いては野菜スタンプ。
野菜の切れ端をスタンプにしてポストカードを作ってもらいました。

階段には国旗も。
こちらの国旗は鉄北中央会館さんがご用意してくださいました!

最後は参加者とスタッフで記念撮影!
今回は初めてのフードイベントということに加え、これまで以上にご協力いただく方が増え、
終始てんやわんやでしたが、皆様のご協力のもとで無事やり終えることができました!
本当に感謝しかありません。あらためてありがとうございました!
釧路にいる魅力的な「ひと」を軸に活動している私たちクスろ。
会場に来ていただいた方やこのイベントを知ってくださった方に「釧路にこんな人がいたんだ!」と少しでも知ってもらえるキッカケになっていれば幸いです。
では最後に、グローバル収穫祭の裏方をつとめてくれたスペシャルサンクスなみなさまをご紹介して締めさせていただこうと思います!

裏方というか表方だったのですが笑、まずは光陽小学校のみなさん!
クッキー作りも全力で取り組んでくださいました!

留学生との調整をまるっと引き受けてくれたチューターのみなさま!
写真は試食会の様子です。前日の仕込みもお手伝いしてくださいました!

ブイブイマーケットに引き続いて、スタッフをしてくれた高専のみなさま!
ダンボールのフレームの製作もしてもらいました!

そして、看板製作や当日スタッフをしてくれたのは公立大のみなさま!

ムービー撮影・編集は、フリーランスで活躍中の安井葉子さん。
釧路にも住んだことがあり、今は東京にお住まいの安井さんはこの日のために来てくださいました!
また写真はありませんが、企画当初に海外から釧路に来ている方の知り合いがほとんどいなく、
途方に暮れていた私たちに、参加者の方を紹介してくださった多くの方に感謝いたします!
あらためて多くの方のご協力のもとで実現できたと痛感しております!
本当にみなさまどうもありがとうございました!!
来年の収穫の時期にまたどうぞご期待くださいませ!
2015-11-12あたたかい人の輪を生む餃子職人

李 艶偉(リ エンイ)
中国黒滝江省出身 釧路市在住
1986年大学で鉱業学を学んだのち、中国でも最も大きい炭鉱会社のうちのひとつに入社。
日本語通訳として働く中、日本人であるご主人と出会い、18年前に釧路に移住。釧路では中国炭の貿易会社を設立した。
2015年、社内事業の一環として学生時代から学んできた餃子作りの経験を生かし「餃子職人育成講座」をスタートさせたばかり。
釧路市内の大学では中国語講師という側面ももつ。世話好きで正直な人柄から、学生や市民の人気を集めている。
「そうそう」「いいですね!」
まっすぐな眼差しで見つめ、微笑みながら手際よく餃子の皮を伸ばす生徒さん達を褒めていたのは、餃子職人の李 艶偉(リエンイ)さんだ。
まずは褒めてそのまま見守っておくのだが、生徒さん達は手を動かしていく中でなかなか納得がいかないポイントに当たる。
質問が自然に出たり、関門が訪れた頃にようやく詳しく丁寧に教えるというのが李さんのスタイルのようだ。
「失敗したり、上手くいかないという体験を繰り返してから教えないと吸収できない」と笑顔で語る。
今回はそんな李さんが行う餃子職人育成講座にお邪魔して、中国の伝統料理である餃子への熱い思いを伺った。
李さんの餃子

具材を包み、ぐっと両手を合わせて皮を握る最後の動作が肝。
そうして作られた一つ一つ違う餃子のヒダが、手作りのあたたかさを象徴しているようだ。
ー 李さんのお作りになる餃子はどのようなものなのでしょうか?
日本では焼き餃子が主流だけど、中国人は基本的に餃子と言ったら水餃子。
私の水餃子はたれやスープは使わず、温かいうちに食べます。
肉と野菜は半々の分量で、むっちりした手作りの皮にジューシーな具材がよく合う自慢の餃子です。
中国の味付けは濃くて少し脂っぽいので、日本のみなさんが喜んでくれる餃子の味を研究しました。
それから大事なのは、餃子は「みんなの輪」を作ってくれるものということ。
ー 「みんなの輪」ですか。どういうことでしょうか?
まず健康面だけど、一つの料理であらゆる栄養を取れるということで、お年寄りも若い人もみんな同時に健康にさせるバランスが良い料理なの。
それから精神面。餃子はみんなで楽しみ、みんなで集まる時の料理ですよ。
みんなの友情のため、愛情のため、家庭やお友達同士の幸せな雰囲気を作れるものなんです。
今はなんでも加工食品をチンして雰囲気がないと思うけど…
家族みんなで作って、心もあたたかくさせてくれるものはなかなか他にはないと思う。
ー 精神面の伝承も餃子文化には欠かせないのですね!
はい、ですから餃子の職人さんが増えると街にあたたかい心も戻るし、幸せが増えます。
私は100人の職人さんが集まればどんな社会でも丸くできると思っているので、この街も餃子の力で幸せにできると思います。

餃子職人を育てる
住んでいるこの街が元気になればいい。若い人がこの街に残るような魅力があるといい。
そのためには手に職をつけられる仕事が必要なのでは…そう考えた末、李さんは自分の持つ伝統的な中国餃子作りの技術を活用した「餃子職人講座」を開設した。

ー この講座はどういった講座なのですか?
この講座は、本気で仕事を探したい人を支援するプログラム。
仕事に直接結びつけられるレベルまでに中国の餃子作りの技術を身につけてもらうもの。
そこまでの技術があれば就職もできるし、自分で商売も出来るから、数ヶ月かけて集中的に習得してもらいます。
ー なるほど、だから単なるお料理教室ではなく、「職人育成講座」なのですね
そう。仕事があれば、みんな釧路に住み続けることもできるし、外から人が来てくれて街が盛り上がりますよね。
そして、餃子を作れる人がたくさん増えれば有名な街になるでしょ?
周りの街の人たちが「美味しい餃子あるよ、釧路に行こう」って言ってくれたらいいなあと思って。
釧路といえば「餃子の街」と呼ばれるようにしたい、そういう夢があるの。
ー 釧路に来た当時から餃子文化を釧路の人に広めたいと思っていたんですか?
そうですね。釧路に来た18年前から思っていました。
1800年の深い歴史がある中国の餃子文化は、私にとってダイヤモンドみたいに特別な宝物です。
皆さんがよく食べている工場で大量生産しているものではなく、人の温もりを感じられる文化を伝えたかったんです。
ー ちなみに李さんの講座の生徒さんはどんな方々ですか?
とても優しい人たちですよ。自分の家族のために私の技術を習いたいって。
手で作るものは愛情があって、その愛情は子供に影響するから家族はうまくいくんです。
彼女達には、そういう餃子の意味の深さや義理人情、物事を見る深さなども一緒に伝えているところです。
ー 生徒さん達はどうやってこの講座を知ったのでしょうか?
以前、1年間だけ餃子専門店営業した経験があるのですが、その時のお客様の一人が「あの味が忘れられない」と探して探してこの講座を見つけてくれて、いま受講してくれているんです。
嬉しいことにそういうお声をよくかけていただけています。

日々、学び続ける
学時代始めた鉱業学、日本語、餃子の学びは今でも継続して行っているという李さん。
当然のように貫くその姿勢は中国の炭鉱会社での通訳時代に培われたものだそうだ。

ー 大学時代はどのような勉強をされていたのですか?
1980年代の中国は経済成長期だったため、理系の大学が盛り上がっていたの。
中でも炭鉱業は一番さかんだったので私はその勉強と、炭鉱技術の優れた日本の語学習得に励んでいました。
卒業後は世界でも有数の大きな炭鉱会社に入社し、日本語通訳として仕事を任されました。
技術交流のため日本からやってくる鉄鋼メーカーや貿易会社が相手でした。
ー 餃子の技術はいつ習得したんでしょうか?
自分で一流の調理師から中華料理を習って、麺類と餃子を極めたの。
そして毎週毎週、家で修行したんです。
技術一つがあればどこでも食べていけると思っていたので、通訳の仕事をしながらずっと餃子の研究を続けていました。
ー 勉強に仕事に餃子の修行にと、大忙しですね。そんなパワフルな李さんに影響を与えた出会いはありますか?
専門家、経営者、技術者…と皆さんから学びましたが、中でも数十万人の従業員を抱える炭鉱会社の社長には一番影響を受けています。
私は社長室の隣で働いていたんだけど、社長は私を本当の子供みたいに可愛がってくれたの。
「誰でもあなたの前に現れた時点で、貧乏だろうが、地位があろうが、若かろうが、同じ気持ちで尊敬する気持ちを忘れてはいけない」という言葉が印象に残っています。まだ若いから毎日勉強しなさい、一ヶ月最低一冊本を読みなさいと教えられました。
命をくれたのは親。社会に出て一番精神を成長させてくれたのはその社長です。
ー そこで何事にも勉強し続けることをやめない李さんの姿勢が築かれたんですね。
そうですね。餃子の講師が現在メインですが、今も継続している通訳は本当に良い仕事だと思う。
毎回わからない新しい世界をいつも勉強できる。だからいつも知識を充電しなければならない。

異国からの釧路の暮らし
意志が強く真面目な印象の李さんだったが、定期的に釧路の市民の人たちに餃子や鍋など中国料理を振る舞う会を主催するなど社交的な側面もある。
学生や開催店の常連客など、李さんの美味しい料理に引き寄せられた様々な人が集まる会だ。こうして釧路での暮らしを満喫している。

ー この会はどうして始められたのですか?
日本では食べられない中国の料理を食べてもらって、みんなと交流するのが好きなんです。
ー なるほど、皆さんとても喜んでいるようですね。他にどんな風に釧路の街を楽しんでいますか?
自然や景色が綺麗なのでよく見に行きます。
特に好きなのが、餃子講座でお借りしている「まなぼっと」※1の9階展望レストランでの素晴らしい風景。
そこから見える幣舞橋※2と海がとても綺麗ですね。
※1 釧路市生涯学習センター「まなぼっと幣舞」:ホール、美術館、各種工芸スタジオ、クッキングスタジオ、和室、茶室、多目的ホール、会議室などを備えた複合施設。
※2 幣舞橋:1889年(明治22年)より釧路川の下流に架けられた。夕日が綺麗に見えるスポットとして有名で、釧路駅前通「北大通」の橋でもある。
ー 海がお好きなんですね。海のある釧路はぴったりの街ですね!
はい。悩んだ時、恋問※3の海をよく見に行きます。
私は内陸の生まれだったので、22歳の時まで海を見たことがなかったの。
だから海は特別で、海を見ると自分の夢はまだまだ深いんだなと思えて、ストレスがなくなります。
※3 恋問:釧路市に隣接する白糠町の恋問海岸は夏にははまなすが先、秋冬になると夕日が美しいため映画のロケ地としても使われた。道の駅「恋問館」も人気の観光スポット。

李さんはすごく正直な人だ。しっかりと意思表示をし、自分を隠さない。
同時にものすごく聞き上手だ。会話のプロとしてだからだけでなく、相手を敬うという概念が心の中にしっかり存在しているため、最後まできっちり話を理解しようとしてくれる。相手の気持ちを引き出す質問もとにかくうまい。
李さんのこの言葉が彼女の姿勢を見事に捉えている。
「たくさん人のことを思えば、たくさんの人から思われるようになります。」
李さんは「隠したら気持ちが疲れる。まあ、その性格のおかげで悪い印象を持たれる時もあるけどね」といたずらそうに笑っていた。
そういうオープンな人柄に加え、人懐っこさも持ち合わせているからこそ李さんに魅了される人が後を絶えないのだろう。
いつも心を忙しく走らせている人は、時には家族や友人と餃子をゆっくり作ってみてはいかがだろうか。
ふと、人を敬い、餃子に愛情を持って生き続ける李さんの顔が浮かび、身の回りの人達の大切さに気付かされるかもしれない。
李さんと出会うには?
クスろにご連絡ください。
info@kusuro.com
李さんに出会える!『グローバル収穫祭』
釧路地域の魅力的な海外の方々に出会える食のマーケット「グローバル収穫祭」で李さんに出会えます!
収穫の季節、魚や野菜など釧路地域にも様々な旬の食材が美味しい時期。
その食材を使って、釧路に住んでいる海外のみなさんに各国のお国料理をふるまってもらいます!
その名も「グローバル収穫祭」日時は11/14(土) 10:30〜14:00まで。
場所は鉄北中央会館です(三十間道路の一本裏にあります)
李さんは阿寒ポークを使用した、美味しい『水餃子』を提供してくださいます!
食数は限られておりますのでぜひお早めに足をお運びくださいね!
李さんの餃子パーティーに参加させていただきました!この日いただいたのは牛肉とラム肉の餃子。もっちりとした皮の中にはジューシーな具材が。ラードが少なく野菜はたっぷり、あっさり味なので、パクパク沢山食べられてしまいます。具材のレパートリーは数十種類を超え、まだまだ増加中だとか。
茹でたての餃子は心まであたたかくなり、その場にいるご家族やお友達を笑顔にする魔法のお料理でした〜!






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